共沸

思うところがない

日記 2019-10-1

消えたアカウントを何遍も訪れる。

生卵を飲んで、煙を吐く。

知らない庭先でハナニラが揺れている。

画面に焼け付いた「ツイートはありません」。

真新しい眼鏡は朝焼けの世界に少し色ズレを起こして、夜眠れなかった胃袋を叩く。

癇癪で嚥下した7つの命をゴミ箱に捨てるまいと口を結ぶ。

喉元で問題を終わらせる。

10億枚のクッキーを消費する。

祈りは工場より多くクッキーを焼く。

2019年10月は当たり前のようにやって来て、当たり前のように僕をかき乱して鎮座する。

アパートの階段でカナブンが死んでいる。

夏休みが明けて昨日大学は思い出したかのような変わらなさで人間の群れを収容していた。

ディスプレイの中でプリンセスコネクトリダイブと叫ぶ少女を中断し、やはりあのアカウントは消えている。

8%で買ったカフェインが、水もだけど、机上に屹立して、僕は途方に暮れながら自宅で潰れた虫の姿勢をとって、しかし。

「定期的に脱皮するように消えるよね」

Windowsアップデートのようなもの」

僕よりも旧い知己をやっている存在たちがそう感想しているところ気を病むようなことでもないのだろうとは。

わかっていて。

終わっている。

3年前の4月に買い与えられたばかりの自転車を盗まれて登下校に窮していたのだけれど、それが今日戻ってくる旨電話があり、部屋の隅の紙くずの中から古い鍵を探した。

鍵には母校の公立中学の卒業記念品である革製のストラップが2013年という文字を湿気に軽く歪ませて揺れてあった。

いろいろなバイトで適応不全を起こして以来しばらく親の仕送りでのみ生活していたが、発起して家庭教師を始めることとなり、本来今日の夜が初仕事の予定だった。

伸びたひげを剃って煙草を控えてなどしていたところ生徒さんが体調不良であるので延ばしてという連絡があった。

吸った。

数日前に初めて眼鏡を拵えて、5000円支払って手に入れた視界は、裸眼視力が1.5あった頃の記憶がいつの間にか薄れてしまっていたらしく気持ち悪いほど鮮明で、三半規管がとても弱いと自負している僕にはあまり長い時間やっていかれるものではなかった。

本当はもっと奇抜な色のフレームを選びたかったが僕の肌色には藍しか似合わなかった。

9月の頭に帰省から戻ってきた僕は、その前の帰省から戻ったときのように自転車が忽然と消えてしまっていなかったことにとても安堵して、けれど突然火災報知器から漏れ出した大量の臭い水によって生活を破壊されてしまった。

生協から連絡が来なくなってしまって、スーツのクリーニング代に保険が出ていない。

回線代の滞納によって止められてからずっとWi-Fiは息をしていない。

ともあれ。

大学に入学して4年目になる。ずっと留年して1年生をやっているわけだが、自転車を3回買い換えていて、最初が買ってもらったピカピカの(一週間で盗まれた)もの、2つ目が後輩から譲られた蔦の絡んでいた(帰省中に消滅した)もの、3つ目が同輩から5000円で買い受けた年季の入ったもの。

今日ひとつめが帰ってくると2台自転車を有つことが結果される。

自転車について、今まで運命づけられたかのように自分の手の元から離れていってしまっていたのが当然だったから、そんな僕が2台も保有して、所有できてしまうことに漠然とした不安が募って、首に指を回して喉を抑えた。

絶対に吐きたくない。

食費がもったいない。

今日消えたアカウントについて述べると、仲がいいとか悪いとかを超えた今まで無い程度の共鳴が(元々良いとは言えない双方の体調がめちゃくちゃになるような悪い共鳴だとは思っていたが)ありました。僕は半引きこもりなのでインターネットのひとびとの顔を知る機会に乏しいのだけど、一週間前気まぐれと何らかの思し召しによってオフ会がなされた際、初対面にもかかわらず僕たちは毎正月遊ぶ同年代の親戚のような"嵌り"を起こしてしまって、解散した後にツイッターで僕らしくもなく情緒不安定になってしまったときは本当にみなさんの迷惑になってしまった。今もそうですね、ごめんなさい。兎にも角にも自我の境界があやふやになるというか、他人とは思えないというか、そういう存在に巡り合っていたところへ忽然と消えてしまったものだから、一時的なものだろうとはわかっていても、自転車のように帰ってこないような感触があって、自分の脳の一部を喪ったかのように無様な理性をしている。

冷蔵庫の中に存在していた限りの生卵7つが消化器に重い。

10月の最初のおそらく0時であるから彼の意思によって彼は僕らの前から去ったのだろうと思う。やがて新しい名前で現れるころには、最初に僕たちはブロックされているかもしれない。

多い。

通信制限のかかっていたスマホでは、discordのミュージックボットでお気に入りの音楽を流すと、通信が耐えられず音楽性皆無のグリッチを施して、曲に染み付いた思い入れを破壊しながら聴覚にのぼせていた。

ソシャゲを起動するために僕はコンビニの外で、周回を終えるための時間では一服分は燃え尽きて、肌寒くなった夜に身をかがめて、着ているモンベルの半袖の中でペンギンが空を仰いでいた。

お土産にと彼からもらったのは武将の名を冠した甘くて強い日本酒で、そういえばお酒の好みを聞かれたときに「甘くて強いもの」と答えた覚えがあり、飲みきった瓶は枕元から視界に入る棚の上に寝かせてある。眼鏡を掛けないとラベルは読めない。

多い。

バズる時事はサーカスなので、ツイッターであまり感情にならないようにしている僕だけれど、そんな僕が気持ちをぶちまけてしまうほどにこの2019年9月は、そしてトドメのように10月1日は気持ちが多かった。

鍵穴を見失った古い鍵と一緒に埃を被っていたこんなブログを(パソコンはどうしようもなくオフラインなので)スマホアプリをインストールしてまで書きなぐっているほどには。

多い。

こんな文量推敲したくないという気分がめちゃくちゃあり、多分目も当てられないくらい散った文章になっているとは想像するが、ここまで読んだのならおれと一緒に泥舟に沈んでほしい。おれも恥ずかしいんです。助けてくれ。

2019年10月1日、今日は「先生」が去り、自転車が戻り、バイトが延び、大学があり、ブログに復帰した日。

鮮やかな視界では耐えられないので眼鏡を外している。